【あの日からの地続き】

亡きお父様の形見である大画面のテレビをいつか綺麗に修理しようと心に決め、我が家を訪れた人々との温かい余韻に浸りながら眠りについた翌朝。窓の外は、昨日までの晴天を洗い流すような、容赦のない激しい雨の音で満たされていました。

【日常の輪郭】

朝から降り続く雨のせいで、予定していた現場の仕事はことごとく延期になってしまいました。スケジュール帳を広げ、来週以降の段取りを組み替えるために、関係各所へ次々と電話連絡を入れる慌ただしい午前中。今月末に控えた元請けの現場の雲行きを睨みつつ、来週の月曜日にいつもの土場から協力会社へ大型重機を回送する手配をなんとか右から左へと整えていきました。

少し息を抜くために、子どもたちや楽団の仲間を連れて、いつものファミレスへと向かいました。賑やかなお昼時のテーブルで、話題は自然と、間近に迫ったコンクールの重い課題へと移っていきます。

新しく私たちの楽団に加わってくれた、圧倒的な技術を持つ打楽器の奏者。「久しぶりに、まともな小太鼓の響きを聴いたな……」と、仲間のひとりが漏らした最大級の賛辞が、私の胸の奥に深く突き刺さったままでした。 その優秀な新メンバーを演奏の中心に据えれば、全体のクオリティが跳ね上がることは目に見えている。しかし、組織のなかには長年の人間関係や「忖度(気遣い)」という目に見えない鎖があり、最適で合理的な席替えを躊躇する空気が漂っていました。

「小さな点数を積み上げるための確実な変化を選べんのなら、日曜日にどれだけ泥臭い練習を重ねても本質がズレてしまうやろ」

そんな組織の歪な和音に強いフラストレーションを覚えつつ、私の頭の引き出しからは、日頃から蓄えていた様々な世界の調律法(ナレッジ)が溢れ出ていました。摩擦を極限まで減らそうとしながらもシールの摩耗に泣いた美しい構造のロータリーエンジン、レース後にタイヤのゴムを削り取って次のピット戦略をミリ単位で弾き出すF1の冷徹なデータ測定、偉大な打者が毎日食べるおにぎりを無数に握り続けながら裏では莫大な資産を優雅に動かした気高き夫人の内助の功、そして下腹を足首に送り込むイメージで身体の軸を劇的に整える正しいスクワットの重心。

世間は不景気だと悲観的な報道ばかりを繰り返すけれど、本質を見抜く目さえ持っていれば、時代はいつだって水面下で静かに、そして力強く動いているのです。

夕方、雨脚がさらに強まるなかで我が家に戻ると、子どもたちが小さな傘を手に玄関先まで迎えに出てきてくれました。 「パパが濡れちゃうから、早くお家に入ってください!」 自分だって濡れたくないはずなのに、一生懸命に私を気遣ってくれる小さな体温。その優しさに、仕事や楽団のしがらみでカサカサに乾きかけていた心が、一瞬でふやけるように解きほぐされていきました。

リビングに入ると、子どもたちがおみくじ付きのお菓子を開けて、大吉や吉の順番を調べながら一喜一憂の大騒ぎをしていました。すると、次女が私の元へ宝物のようにひとつの包み紙を走らせて持ってきたのです。 「パパ、これ見て!ハイパー大吉!一番、一番上だよ!」

既存のルールのどこを探しても載っていない、彼女の豊かな想像力が創り出した最高ランクの幸運。カウンターの上に目をやると、母親が大切そうに広げたカタログのページに、小さな注文用の付箋がペタリと貼られているのが見えました。

【その瞬間のきらめき】

未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、組織の人間関係に頭を悩ませていたことや、雨で予定が狂った苛立ちなんて、きっと遠い雲の彼方へ消え去っているはずです。 大人の世界は、いつだって「忖度」や「前例」という見えない枠に囚われ、一番シンプルな正解を見失ってしまう。けれど、子どもたちの世界はなんて自由で明快なのだろう。足りないルールがあるなら、自分の手で「ハイパー大吉」を書き加えて、世界を最高の笑顔で満たしてしまえばいい。

思考の心地よい余白のなかで、私はいつものように自分のフルネームを心の中でポツリと呟いていました。合理的な正論を振りかざして周囲とのギャップに足掻いている不器用な男。けれど同時に、子どもたちの差し出す架空の幸運に心から救われている、ただの父親。あの日の私が流した静かな雨の日の時間が、愛おしい体温とともにここに刻まれています。

【明日へのあしあと】

子どもたちの嬉しそうな笑い声に包まれながら、夜の台所で温かいスープを温め直しています。明日の朝一番には、カタログに貼られた母親のささやかな願いを業者の元へと手配する、優しいタスクが待っています。

そして来週の月曜日に向けて、あの土場に眠っている大型重機の様子を見に行かなければなりません。きっとしばらく動かしていないからバッテリーが上がっているはず。事前にそっとエンジンをかけに行き、眠れる鉄の息吹を呼び覚ましてやるのが、私の大切な裏方の段取りです。

外の雨音に耳を澄ませ、家族の明日の足元を整えながら進む明日は、きっといい日になりそうだ。

それでは、また明日。