【低音の温かい重なりと、自分でお尻を拭く小さな約束】
【あの日からの地続き】
「パパの心を取らないで」と涙をこぼした子どもの愛おしい叫びと、遠足のお弁当箱に添えた冷たい保冷剤のぬくもり。あの胸がギュッと締め付けられるような余韻を抱えて迎えた朝は、仕事と家族の節目が一気に押し寄せる、目まぐるしくも確かな前進感にあふれた一日となりました。
【日常の輪郭】
「あかん、頭の中がめちゃめちゃ渋滞しとる……」 朝一番、デスクに広げた書類を前に、私は思わず小さく頭を抱えていました。亡き父の三十五日法要のお返しの品の手配に、相続の登記手続き、そして長年続いていた定額サービスの集計。ひとつひとつ紐解くべき現実に追われながらも、法要に来てくださる方々へ感謝を伝える品を選んでいると、寂しさの奥にどこかじんわりとした温かい記憶が蘇ってきます。
日中は現場へ車を走らせ、入り口の傷んだ道路をどう直すかの立ち合いへ。大きな施工費用をかけて全面的にやり直すのではなく、予算を最小限に抑えつつしっかりと補修する「ささやかで実用的な解決策」をその場で提案すると、相手の顔がほっと和らぎました。現場の判断ひとつで誰かの不安を解消できるのは、この泥臭い仕事の何よりの喜びです。
夕方、我が家に戻ると、そこには一転して賑やかなプライベートの時間が待っていました。 子どもたちはお気に入りの道具を広げてごっこ遊びに大はしゃぎ。そんな中で「パパ、ワンちゃん飼いたい!」と目を輝かせる娘たちに、私はおどけた顔でひとつの重要なクリア条件を提示しました。 「よし、それならな、自分でちゃんとお尻を綺麗に拭き取れるようになったら、一緒にワンちゃんを考えような」 「えーっ!」と笑い転げる子どもたちの歓声。遊びに来ていた友人も混ざって、リビングはどこまでも温かく賑やかな熱気に包まれていきました。
夜、愛するトロンボーンの代わりに、低音の木管や大型の金管仲間を集めて演奏する、新しいアンサンブルの構想を練っていました。人数が足りないパートを逆手に取り、大型金管楽器だけの四重奏で、お腹の底に響くような深いハーモニーを鳴らしてやろうという企み。
役割の波が次々と押し寄せるたび、私は心の中で静かに自分という人間のフルネームを唱えていました。散らかしがちな感情をピシッと整え、等身大の自分へと帰るための静かな句読点。
現場の手続きを裁き、父親の残した手続きをひとつずつ整理している責任ある代表。けれど同時に、子どもと「お尻拭き」の約束を交わし、深い低音の響きにワクワクしている、ただの泥臭い男。 心の中のマントラは、どれほど頭が渋滞しそうな日であっても、自分が帰るべき温かい日常の軸へといつでも引き戻してくれる、確かな心のアンカーでした。
【その瞬間のきらめき】
未来の自分が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの日どれほど手続きの書類整理に追われていたかとか、現場の見積もり金額なんて、きっと小さな出来事として雲の彼方に消え去っているはずです。 覚えているのはきっと、「自分でお尻を拭けたらね」と笑い合った夕暮れのリビングの温もりと、父を偲びながら静かに書類を整えたあの部屋の静けさ、そして頭の中で鳴り響いていた深い低音のハーモニーだけです。頭が渋滞するほど忙しい毎日だからこそ、ひとつずつ紐解き、目の前の子どもたちと笑い合う。泥臭くても、この日常こそが人生という名の最高に美しいアンサンブルなのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
子どもたちがすやすやと心地よい寝息を立てる我が家で、夜のリビングに向かい、明日のささやかな段取りをノートに書き留めています。 現場で使うパソコンのデータ調整をカチッと済ませ、法要のお返しの挨拶文をクリアファイルへと収めました。
頭の渋滞をひとつずつ笑顔でほどきながら進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
