【ちょんまげの待合室と、空間に広がるミッキーマウス】
【あの日からの地続き】
おばあちゃんの手を優しく引いて大きな病院へ向かい、家族のこれからについて温かい一歩を踏み出した、あの愛おしく重厚な朝。互いを支え合う家族の体温を胸に抱いて迎えた今日は、子どもたちの明るい歓声と、愛するトロンボーンの響きが交錯する、色鮮やかな一日となりました。
【日常の輪郭】
午前中、私が向かったのは、緑に囲まれた地元の養護施設でした。 子どもたちの前で奏でる、あの陽気なディズニーのテーマ曲やアニメのメロディ。金管楽器のベルを傾け、大きな低音を響かせながら楽器の面白さを伝えるたび、ステージの下でキラキラと目を輝かせる子どもたちの笑顔が弾けました。 「サビに入って急ぐんじゃない。お互いの音をしっかり聞いて、テンポの響きを空間いっぱいに並べてあげるんや」 音と音が溶け合い、施設全体が温かい拍手に包まれる時間。自分の吹き出す息が誰かの笑顔に変わっていく手応えに、私の胸は胸いっぱいの歓喜で満たされていました。
本番を終えた楽屋裏では、手に入れたばかりの小さなジンバルカメラを手に、お茶目に笑う自分がいました。 「機材だけは一人前なんよ、機材だけはな!」 楽屋の何気ない会話や片付けの風景をレンズに収めながら、演奏の格好良さだけでなく、素顔の温かさが伝わるような新しい発信(SNS)の企みを練る時間は、少年に戻ったような楽しさでした。
日中は本業の代表として、完了した現場の報告を受け、次の水道の本復旧工事に向けた書類の提出や現場の段取りをスマートに裁いていきました。
そして夕方、何より私の心を解きほぐしたのは、次女を連れて向かったいつもの歯科医院でのひとときでした。 5歳になる節目に、初めてのフッ素塗布と歯並びの相談。少し緊張した面持ちの娘の横に座り、検診の順番を待つ待合室でのこと。 「パパもここ、歯医者さん来てるん?」 小さな指先が私の髪に触れ、一生懸命にいじり始めました。 「パパをな、ちょんまげにするの!」 小さなお手伝いさんの手で、頭の上にポコンと作られた可笑しな「ちょんまげ」。自分の頭を指差して笑い合う二人だけの世界に、一日の疲れも、仕事のプレッシャーも、すべてが優しい光となって溶けていきました。
夜、親族の最期を看取った日の記憶を静かに手繰り寄せていました。 「最後まで、人間の耳だけは聞こえとるらしいからな……」 どんなに意識が遠のいても、言葉の温もりは必ず相手の心に届いている。だからこそ、生きている今この瞬間に、大切な人へ言葉を伝え続けることの尊さを、深く噛み締め直していました。
激しい一日の波を越えていくたび、私は心の中で静かに自分という人間の名前を唱えていました。散らかしがちな感情をピシッと整え、等身大の自分へと帰るための静かな句読点。
現場の書類を分割して提出し、楽団の運営課題に論理的な可視化を提案している、頼れる代表。けれど同時に、施設の子どもたちに音を届け、歯医者の待合室で娘に「ちょんまげ」を作られて照れくさそうに笑っている、ただの愛おしい父親。 心の中のマントラは、どれほど多忙な役割を演じ分けた一日であっても、自分が帰るべき温かい愛の軸へといつでも引き戻してくれる、確かな心のアンカーでした。
【その瞬間のきらめき】
未来の自分が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの日どれほど請求書の書き分けに追われていたかとか、移動の段取りの手配なんて、きっと雲の彼方に消え去っているはずです。 覚えているのはきっと、養護施設で響いた「ミッキーマウスマーチ」に弾けた子どもたちの笑顔と、歯医者の待合室で「ちょんまげにするの」と笑った次女の柔らかい指先の感触だけです。言葉も、音も、想いも、最後まで諦めずに届けること。手に入れた完璧な機材よりも、大切な人を目の前にして自分自身がどれほど温かい「ちょんまげ」になれるか。その泥臭い愛おしさのなかにこそ、人生の本当の豊かさが宿っているのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
鏡に映る自分の乱れた髪を指でなでつけ、すやすやと心地よい寝息を立てる次女の部屋のドアをそっと閉め、夜のリビングで明日のささやかな段取りを整えています。 次の現場へのスムーズな移動に向けた朝一番の連絡をメモに書き留め、楽団のオフショット映像の編集アプリを立ち上げました。
大切な人への温かい言葉を胸に抱いて進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
