【あの日からの地続き】

深夜に仲間とすすったラーメンの温かい湯気の余韻と、新しい立体造形機をいつ導入してやろうかというワクワクした企みをクローゼットの隅に忍ばせて目覚めた朝。私の新しい一日は、我が家特製の微笑ましい救出ミッションから始まりました。

【日常の輪郭】

「大変や、ママが大事なスマートフォンを家に忘れていってしもた。これがないと、ママは今日、誰ともお話ができんのやぞ」 リビングの机の上に取り残された薄い機械を前に、私は長女と次女を集めて小さな作戦会議を開きました。どうやって届けるか、どうやって手渡すか。小さな頭を寄せ合って懸命に知恵を絞る娘たちを見つめながら、私は目線を合わせて優しく語りかけました。 「すごいね、そんな方法を思いつくなんて、パパは本当に賢いと思う。未来が読めたなぁ」 車を走らせ、無事に任務を完遂したときの、父子三人だけの秘密の達成感。あの一体感は、何でもない平日の朝を特別な冒険のひとコマに変えてくれました。

ひと仕事を終えた午後は、一転して、母校の文化祭に向けた「大人の本気」の調理実験室へと早変わりしました。 冷凍の丸い球体を、じゅわじゅわと沸き立つ油のなかへ滑り込ませる。香ばしいソースの匂いがガレージに広がるなか、私は試作品の「揚げたこ焼き」をハフハフと口に運びながら、冷徹な計算を巡らせていました。「一皿ワンコインの強気な設定でいくなら、ただ中身で勝負するんじゃない。持ち歩きたくなるような、パッケージの見た目そのものの付加価値で売る作戦はどうやろう」。自分で手に入れたお茶目なホットドッグの着ぐるみを自ら着込んで客寄せパンダになろうかという悪だくみや、撮影した試作品の写真を対話型AIに投げて、一瞬でとびきり可愛いポスター画像を作らせるアイデアまで、脳内は最高にクリエイティブな熱量で満たされていきます。

かき氷用の大きな氷の塊をノコギリで引こうとして、ガリガリと虚しい音を立てて刃が滑ってしまったり、「フライヤーとトースターを同時に使ったら、発電機の電力が一瞬で落ちるんじゃないか」と現実的なインフラの壁に眉をひそめたり。

そんなバタバタの合間、車内のスピーカーから流れる情報整理の歴史に、私は深く聞き入っていました。 インターネットなんて影も形もない大昔、世界中の膨大な知識を小さなカードに手書きで集約しようと生涯を捧げた、ある奇特な開拓者の物語。文字が生まれて以来、人類はずっと「情報をどうまとめるか」に悩み続けているという普遍的な真理。そして、プログラムの世界に伝わる「とにかく完璧を待つな、ボロボロの状態でもいいからまずは早く試作品を作って動かせ」という、私の生き方そのもののような泥臭い哲学。

その言葉を聴いた瞬間、私の胸の奥に、セピア色の古い記憶が鮮やかによみがえってきました。 そういえば小学生の夏休み、私は日本全国の「誰も読めないような難しい地名」を、ただひたすらに調べてノート8冊分に狂ったように書き殴っていたことがありました。あの頃から私は、世界中の雑多なカケラを集めて、自分だけのデータベースを組み立てることに、言葉にできない純粋な喜びを感じていたのです。

役所の硬い委員会を明日に控え、「明日の朝一番は、あの頑固な担当者とバトらなあかんな」と過去の施工資料を鋭い目で繰っている、シビアな代表。けれど同時に、小学生の自分の執念にクスッと笑い、着ぐるみを着て母校の空の下で笑おうと企んでいる、完璧ではない愛嬌あふれる男。そのマントラは、どれだけ役割が増えても、自分の中心にある少年のような好奇心を決して見失わないための、確かな心のアンカーでした。

【その瞬間のきらめき】

未来の私が人生の終盤にこのページを開くとき、あのたこ焼きの原価が何円だったかとか、役所との交渉の結末なんて、きっと静かな雲の彼方へと消え去っているはずです。 覚えているのはきっと、ママのために一生懸命に知恵を絞っていた娘たちのあの真剣な瞳や、ガレージでノコギリを引いたときの氷の冷たい感触だけです。完璧な設計図ができるのを待って足踏みをするよりも、ボロボロの試作品でもいいからまずはこの手で形にして、世界に放り出してみること。ノート8冊に地名を書き殴っていたあの頃の初期衝動のまま、大人の本気を全力で面白がって突き進む。それこそが人生を退屈させない唯一の正解なのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。

【明日へのあしあと】

子どもたちが静かな寝息を立て始め、リビングには心地よい静寂が戻ってきました。楽団の役員ではないのに文句ばかり言うメンバーの噂話に、「そんなに気になるなら、自分が責任ある立場になればええだけの話やろ」と少しだけ呆れ混じりのため息をつきつつも、私の意識はもう明日の戦場へと向いています。

明日の朝一番には、文化祭を最高の色彩で彩るためのメニュー表のデザインを、信頼できるデザイナーの友人へと優しく依頼する段取りが待っています。

そして午前中には、手配していた新しいセメントの袋を受け取り、お役所の技術委員会でこちらの主張を堂々と通すためのシビアな交渉が控えていますが、今の私の足元は少しもぶれていません。

まずはやってみるという、あの試作品の勇気を胸に抱いて進む明日は、きっといい日になりそうだ。

それでは、また明日。