【桃の甘い泡と、小さなお皿に描いた夏休みの果て】
【あの日からの地続き】
子どもが自分でお尻を綺麗に拭けるようになるという、微笑ましくも小さな成長の約束。そして、亡き父を偲びながら低音の深みに想いを馳せた昨日の穏やかな余韻を抱きしめて迎えた朝は、子どもたちが「夏休みの終わり」と呼ぶ、愛おしくも目まぐるしい一日の始まりとなりました。
【日常の輪郭】
まだ静まり返った早朝、私は一人デスクに向かい、届いたばかりの新調したパソコンのセットアップと格闘していました。画面の向こうで絡み合う二つのデスクトップのデータと悪戦苦闘しながら、これから仕掛ける移動販売で出すフランクフルトの香ばしい調理法や、冷たいアイスクリームを素早く提供するための段取りを頭の中でシミュレーションしていました。 「グラム数に神経質になるくらいなら、多めに入れて『おまけです!』って渡した方が、みんな笑顔になってスピードも上がるやろ」
日中は本業の現場へ足を運び、車庫の舗装工事に向けた三つの提案を手際よくまとめつつ、跳ね石でひびの入った愛車のガラスの修理手配や、秋に応募する新しい車両の抽選の準備をテキパキと裁いていきました。
けれど、私の心が本当の熱を帯びていたのは、夕暮れ時、我が家でひらいた小さなパーティーの時間でした。 明日から新学期が始まり、夜には子どもたちの地域の習い事が控えているため、少しだけ前倒ししてひらいた、次女の誕生会。
食卓に並んだのは、彼女が目を輝かせておねだりした「桃とパイナップル、カリッと揚げた唐揚げ、そしてしゅわしゅわと泡立つジンジャーエール」。 グラスから弾ける甘い泡の音と、香ばしい唐揚げの匂いに包まれながら、次女の小さな手が私の服の袖を嬉しそうに引っ張ります。 「パパ、見て! 桃がいっぱい入っとるよ!」 その弾けるような笑顔と、子どもたちが「夏休みの終わり」と呼ぶ最後の日の温かい空気感。 明日の夜から始まる地域のお祭りの練習に、「効率や合理性を重んじるビジネスの頭じゃイライラしてしまうな」と少々の憂鬱を抱えていた私の心は、娘の笑顔によって綺麗に溶かされていきました。
楽団の運営においても、上手い下手だけでメンバーを線引きするのではなく、「たとえ今は拙くても、次の時代を担う若い芽を大切に育てていかなあかん」と長期の眼差しを持つ覚悟を固めていました。
思考の激しい波を乗り越えていくたび、私は心の中で自分という人間の名前を唱えていました。散らかしがちな感情をピシッと整え、等身大の自分へと帰るための静かな句読点。
現場の見積もりを冷徹に弾き、新車の買い替えに頭をひねっている代表。けれど同時に、ジンジャーエールで乾杯する娘の笑顔に目尻を下げ、若い世代の未来を本気で想っている、ただの泥臭い父親。 心の中のマントラは、どれほど忙しない役割を演じ分けた一日であっても、自分が帰るべき温かい愛の軸へといつでも引き戻してくれる、確かな心のアンカーでした。
【その瞬間のきらめき】
未来の自分が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの日どれほどパソコンの設定に苦労していたかとか、車の買い替えの抽選結果なんて、きっと小さな出来事として雲の彼方に消え去っているはずです。 覚えているのはきっと、桃の果肉が入ったグラスを掲げて笑った次女のあの愛おしい表情と、家族で囲んだ夕暮れの食卓の温かい体温だけです。不合理で非効率な大人の事情に頭を抱える日もあるけれど、愛する人の成長の節目を祝い、未来を担う若い芽を優しく育んでいくこと。その泥臭い愛おしさのなかにこそ、人生の本当の豊かさが宿っているのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
ジンジャーエールのグラスを綺麗に洗い上げ、すやすやと心地よい寝息を立てる次女の頭をそっと撫で、夜のリビングで明日のささやかな段取りを整えています。 新学期の始まりに合わせた朝の送り出しの手順を整理し、夜の地域のお祭り練習へ向かう子どもたちの準備をメモに書き留めました。
不合理なカオスすらも愛おしいエンタメとして楽しむ心のゆとりを胸に抱いて進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
