【ダンプカーの大きな体重計と、庭に弾ける青い飛沫】
【あの日からの地続き】
喉の痛みを押して向かった夜のホール練習と、深夜の牛丼屋で仲間と語り合ったブレーカーの教え。一度落ちてもまたカチッと上げ直せばいいと自分に言い聞かせて迎えた朝は、眩しい夏の太陽と、子どもたちの弾んだ靴音で滑らかに幕を開けました。
【日常の輪郭】
「パパはな、今日は君たちと一緒に土を運ぶお仕事なんやで」 朝一番、大きなダンプカーの運転席に長女と次女を抱き上げ、三人並んでエンジンをふかしました。助手席から広がるいつもより高い車窓の景色に、子どもたちの瞳がキラキラと輝き出します。
現場を行き来する道中、大きな車体がガタンと揺れるたび、私はハンドルを握りながら優しく言葉を重ねました。 「大きな台の上に乗ったやろ? ここはな、ダンプカーの体重計なんよ。重さを測っとるんや」「大きな水たまりに入ったのはな、道路を汚さんようにタイヤをきれいに洗っとるんやで」「ほら、車が大きく揺れたやろ? こういう凹凸のことを『段差』って言うんよ」 働く背中を見せながら、世界の仕組みをひとつずつ教えていく時間。ディーゼルエンジンの力強い振動と助手席からの無邪気な歓声が、単なる仕事の移動を、最高に贅沢な父娘の小冒険へと変えていきました。
お昼に入った近所のファミレスでは、大盛りラーメンの湯気の向こうで、「麺がスープを吸って伸びてしまうからな」と手際よく子どもたちの小鉢へと取り分ける親心。「パパな、あのお気に入りのキャラクターグッズが欲しいんやけど、近所のコンビニで買ってきてくれん?」とおどけておねだりしてみると、「やだなー!」と即答で笑い飛ばされる、そんな何でもない食卓の温度が愛おしくてたまりません。
そして午後は、仕事を早めに切り上げて、待ちに待った我が家の庭での水遊びタイム。 ビニールプールを膨らませ、勢いよくひねったホースから飛び出す虹色の水飛沫。「パパ、プール! プール!」と大はしゃぎで水を掛け合ってくる子どもたちの甲高い笑い声が、青空の下で弾けていました。
そんな夏の輝きの傍らで、移動の車中でふと流した楽団の自由曲の原曲。プロの完璧な音の重なりと自分たちの現状のギャップに、私の胸は少しだけ静かに痛んでいました。「全員が自分のパートの仕事をきっちりこなせば、こんな美しいサウンドになるんやから……」。高みを目指すからこそのもどかしさ。
水飛沫に目を細めながら、私はいつものように自分のフルネームを、まるで散らかった感情をピシッと整える句読点のように、心の中で静かに唱えていました。
楽団のサウンドの壁にひとり眉をひそめている、妥協のない音楽人。けれど同時に、ダンプカーの助手席で世界の仕組みを教え、庭でホースを抱えて子どもたちとびしょ濡れになっている、ただの愛おしい父親。その口癖は、仕事も趣味も家族も、すべてを等身大の体温で愛し抜くための、確かな心のアンカーでした。
【その瞬間のきらめき】
未来の目がこのページをめくるとき、あの夏にどれだけの土を運んだかとか、楽団の自由曲の仕上がり具合なんて、きっと雲の彼方に消え去っているはずです。 覚えているのはきっと、ダンプの大きな揺れに「段差やで」と教えて笑い合ったことや、ホースの水飛沫の向こうで輝いていた子どもたちの弾けるような笑顔だけです。親が見せる働く背中と、手渡す言葉のすべてが、子どもたちの未来の土台になっていく。完璧な演奏には届かなくても、今日という泥臭くも美しい一日を全力で愛おしむことこそが、人生の最高の正解なのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
水遊びですっかり疲れ果て、心地よい疲労感のなかで深い眠りについた子どもたちの静かな寝息を聴きながら、夜のリビングで明日のささやかな段取りを整えています。
明日はまた、現場の重機たちの配置をカチッと組み直し、お盆休みに向けた工事日程の調整を進める現実の朝がやってきますが、今の私の足元は少しもぶれていません。
大きな車体に乗せた温かい思い出を胸に抱いて進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
