【小さな羽ばたきをそっと見守る距離と、理不尽をなだめる我が家の境界線】
【あの日からの地続き】
池のほとりで四百円の小銭を前に悩む仲間の愛おしい姿を思い出し、自分の名前をマントラのように呟きながら眠りについた翌朝。心地よい余韻から覚めた私の現実は、我が家独特の少し歪で、けれど人間味あふれる不協和音から始まりました。
【日常の輪郭】
事の起こりは、昨夜私がリビングのソファで不覚にも深く寝落ちしてしまった、あの短い時間の間のこと。 遅れて帰ってきた妻が、宿題の音読を放り出してゲームの画面に没頭していた長女の姿を見るなり、激しい雷を落としたのです。「お互い、自分の好きな理論で怒りよるな……」と、私は薄目をあけながらその光景をどこか冷静に眺めていました。約束の時間を過ぎて帰ってきた側にも、やるべきことを後回しにした側にも、それぞれに言い分はある。けれど、一方的に子どもだけを責め立てる大人の理屈は、どこか少し理不尽やな、と胸の内で苦笑いしていました。
昔から私には、「自分は自分、子どもは子ども」という、どうしても譲れない頑固な子育ての哲学があります。自分が若かった頃にできなかったことを、子どもに身代わりのように押し付けて「ああなってほしい、こうなってほしい」と期待する感覚が、私にはどうしても今いち分からないのです。
そんな家庭内の小さな嵐をやり過ごし、日中は本業の戦場へと意識を切り替えました。 役所の公的な工事で使う、特殊なセメントの配合仕様という小難しいパズル。関係各所の思惑が入り乱れるなかで、「よし、それなら明日中に現物のサンプルと書類を全部揃えて、週末の金曜日には役所にバシッと材料承認を出させるルートを作ろう」と、電話一本で誰もが納得する美しい解決の道筋を鮮やかに整えていきました。株式の口座を開けば、先日仕込んでいた小さな元手が、数日で見事な利益を生み出して着地している。大手海外通販サイトに頼りきらず、日本の国力をそっと支えるために国内の直販ルートを意識して買い物をするような、私のへそ曲がりで細やかなこだわりが、ビジネスの確かな追い風になっているようでした。
夕方、すべての仕事を差配して我が家へ戻ると、長女が庭の隅でしゃがみ込んでいるのを見つけました。 「パパ、大変。鳥の赤ちゃんが落ちとる」 見つめる先には、まだ上手く飛べない小さな雛鳥が、草むらの中で一生懸命に羽を震わせていました。捕まえようと手を伸ばす息子の服の裾を、私は優しく引き留めました。 「いいか、羽がちゃんと生えとる。親鳥がすぐ近くの木の上から、心配そうにずっと見守っとるんや。人間が下手に手を出さんで、そのままそっとしておくのが、この子にとって一番の正解なんやで」
その言葉を口にした瞬間、昨夜の激しいリビングの嵐が頭の中にふっと蘇り、なんだか可笑しさが込み上げてきました。
思考の心地よい余白のなかで、私はいつものように自分のフルネームを心の中でポツリと呟いていました。利確の数字を冷徹に見極め、セメントの配合に眉をひそめる不器用な経営者。けれど同時に、雛鳥の生きる力を信じて「そっとしておけ」と言いながら、我が子の凸凹した成長をも同じ距離感で見守ろうとしている、ただの父親。あの日の私の、少し誇らしげな横顔が、夕暮れの庭に佇んでいました。
【その瞬間のきらめき】
未来の私が人生の終盤にこのページを開くとき、あの週にどれだけの投資の利益を出したかとか、役所の書類がどれほど完璧だったかなんて、きっと記憶の隅にも残っていないはずです。 覚えているのはきっと、草むらの中で息を潜めていたあの雛鳥の小さな羽ばたきと、それを真剣に見つめていた長女の横顔だけ。親だからといって、子どもの人生のすべての先回りをし、型にはめようとする必要なんてこれっぽっちもない。巣から落ちる失敗も含めて、親鳥のように少し離れた場所からただ温かく見守り、いざという時にだけそっと手を差し伸べる。それこそが、我が家という止まり木のあるべき優しさなのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
すっかり夜も更け、お風呂の頑固なカビをきれいに落としてもらうために専門の清掃業者へ連絡を済ませ、リビングには静かな時間が戻ってきました。週末に向けて、子どもが使うタブレットのルールをどう整えてやるかという小さな家庭内の議題も残っていますが、今の私の心には確かな指針があります。
明日の朝一番には、現場を支えるセメントの輝かしいサンプルと分厚いカタログが我が家に届きます。それを抱えて金曜日の役所への提出を完璧に仕込む、プロフェッショナルな裏方の段取りが待っています。
それぞれの命の距離感をそっと愛おしみながら進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
