【あの日からの地続き】

楽団の仲間たちが私の名前をリズムに乗せて連呼するという、妙に愛おしいミームの余韻に包まれて眠りについた夜が明けました。あの不思議な連帯感を胸のポケットに忍ばせたまま、新しい週末の光がリビングへと差し込んできます。

【日常の輪郭】

休日の朝は、子どもたちの弾けるような笑い声から始まりました。 「ねえパパ、なぞなぞ出して!」 せがまれるまま、私は台所で即興の問いかけを投げかけます。 「双子の姉がご飯を一杯食べました。双子の妹はご飯を三杯食べました。どちらが多く食べるでしょう?」 答えを巡って小さな頭を寄せ合う娘たちの姿を見つめながら、私は彼女たちを連れて外へと飛び出しました。

青空の下、公園の遊具を夢中で駆け回る子どもたちを眩しそうに見守り、その後はみんなで愛車を洗うことにしました。ホースから勢いよく飛び出す水飛沫が、五月の光を浴びて虹色にきらめく。子どもたちが小さな手でスポンジを握り、泡だらけになりながら車をこする姿は、どんな名画よりも瑞々しく、私の目に映っていました。 お昼には、偶然見かけた知人に小さく手を振りながら、いつものファミレスへと滑り込み、賑やかなランチのテーブルを囲みました。

しかし、子どもたちがパフェのイチゴを頬張っているすぐ隣で、私のスマートフォンの画面には、楽団が抱える「伝わらない言葉」の重い現実が次々と通知されていました。 組織の要であるはずの指揮者の友人が、役員たちのメッセージグループに不参加であるという、なんとも非効率なコミュニケーションの壁。重要な情報が届かず、すれ違いばかりが生まれる現状に、私はファミレスのシートで深く息を吐きました。 「いっそのこと、対話型AIを使ってこの長ったらしい役員ラインの会話を毎晩自動で要約させて、友人の元へダイレクトに転送する仕組みを作ってしまえばいい。これしかないわ」

さらに頭を悩ませていたのは、新しい優秀な仲間が加入したことによる、これまでのメンバーの処遇問題でした。実力を重んじて一点でも高い評価を掴みに行くべきか、それともこれまでの人間関係や情守を忖度するべきか。楽団内での立場が曖昧なまま宙ぶらりんになっているあるメンバーの状況を、私はかつて本で読んだ物理学の思考実験に例えて、少し皮肉混じりのユーモアを漏らしていました。

「まるで、箱を開けて確認するまで生きているか死んでいるか分からない、シュレディンガーの猫ならぬ『シュレディンガーのメンバー』やな、今は」

かつて画面の向こうのAIが、台風の猛烈な風が吹く日に「本日は秋らしいお腹の一日になりそうですね。澄み切ったハーモニーを作り上げたいものです」なんて、あまりにも場違いで詩的な挨拶を生成して私を大笑いさせたことを思い出します。世界はいつだって、AIのバカげたズレや、人間の割り切れない感情で凸凹している。

日中に耳にした、窓ガラスを瞬時に広告スクリーンに変えてしまう最新のLEDフィルムビジネスの可能性に知的好奇心を躍らせつつも、私の心はどこまでも、目の前でポテトを口に運ぶ娘たちの体温へと引き戻されていきました。

夜、静かになった部屋で、私はいつものように自分のフルネームを心の中でポツリと呟いていました。組織のすれ違いをテクノロジーで解決しようと目をもやし、合理的な正論と忖度の狭間で足掻いている不器用な代表。けれど同時に、水飛沫のなかで子どもたちと虹を作って笑っていた、ただの父親。あの日の私の、少し日に焼けた確かな体温が、ここに静かに息づいています。

【その瞬間のきらめき】

未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、連絡が伝わらないと苛立っていたことや、コンクールの選考基準に白熱していた記憶なんて、きっと心地よい音楽の通奏低音のように、優しく静まり返っているはずです。 大人の世界は、システムや忖度という目に見えない箱のなかに正解を隠し、勝手に迷子になってしまう。けれど、あの朝の洗車場で浴びた水飛沫の冷たさや、子どもたちが出したなぞなぞの答えのシンプルさにこそ、人生の本質が転がっていました。格差や組織の歪さを憂う知性も大切だけれど、目の前にある小さな笑い声を100%ストレートに受け止める心のゆとりを、いつでも忘れないでいたいと、あの日の私が未来のあなたへ語りかけています。

【明日へのあしあと】

子どもたちの穏やかな寝息を子守唄代わりに聴きながら、明日の朝一番の段取りを静かに整えています。メッセージグループの要約システムをどう形にするかという小さな企みを頭の片隅に転がしつつ、明日はまた、本業の現場で資材の計算をシビアにこなし、来週の稼働スケジュールを力強く差配する現実の朝がやってきます。

不器用な和音をひとつずつ調律しながら進む明日は、きっといい日になりそうだ。

それでは、また明日。