「自分もあのステージみたいに、誰かを熱狂させてみたい」――楽器を嗜む人なら、一度はそんな風に思ったことがあるのではないでしょうか。

今回は、金管楽器を愛する筆者が、夜な夜な考え込んでしまった「音楽の感動と熱狂の正体」についてのエッセイをお届けします。

【検証】なぜ「静かな吹奏楽」より「爆音のロック」の方が楽しそうに見えるのか?金管奏者の私がたどり着いた答え


近所の練習室で、ずっしりと重い楽器を構えながら、ふと考えたことがあります。 「金管楽器の完璧な一音と、ロックバンドの荒々しいコード弾き。どちらが人を幸せにするんだろう?」

吹奏楽やアンサンブルの演奏会。観客席には、背筋を伸ばして静かに耳を傾ける人々。対して、ライブハウスのロック。そこには、拳を突き上げ、汗だくで飛び跳ねる人々。

正直に言いましょう。「あっちの方が、なんだか楽しそうじゃないか……!」と、隣の芝生が青(というか、ド派手なネオンカラー)に見えてしまったのです。

「感動」を因数分解してみる


金管楽器で人を感動させるには、厳しい修行が必要です。私が思う「感動の10か条」を挙げるとすれば、それはもう気の遠くなるようなリストになります。

震えるほど美しい音色

歌手のような歌心

心臓を掴むようなダイナミクスの対比

……(以下、ピッチ、リズム、解釈など、修行僧のような項目が続く)

これらを完璧にこなして、ようやく「ああ、素晴らしい演奏だった」という静かな、しかし深い感動が生まれます。いわば、「極上の懐石料理」を味わうような感覚です。

ロックはなぜ、あんなに「ずるい」のか?


一方で、エレキギターやドラムが支配するロックはどうでしょう。 彼らは、緻密な計算よりも先に、私たちの「本能」を直接殴りにきます。

内臓に響く重低音: 良いとか悪いとか考える前に、体が勝手にリズムを刻んでしまう。

参加の自由: 「静かに聴く」というマナーの壁を取り払い、観客を「共犯者」に変えてしまう。

剥き出しの人間性: 完璧な音程よりも、今この瞬間の「叫び」を優先する。

金管楽器が「天上の響き」を目指すのだとしたら、ロックは「地面からの突き上げ」です。そりゃあ、本能が踊り出してしまうのは後者かもしれません。

結局、私たちは何に震えるのか


でも、ある日の練習中、家族から「今の音、すごく綺麗だね」という趣旨の言葉をかけられたとき、ハッとしたんです。

感動の種類に、優劣なんてありません。 アドレナリンが噴き出すような「熱狂」も、一音の響きに涙がこぼれそうになる「静かな感動」も、どちらも同じくらい、私たちの人生には必要なものです。

金管楽器にだって、やり方次第でロックのような熱狂を生むポテンシャルは秘められています。圧倒的な音圧で空間を震わせ、自分自身が誰よりもその音楽に没入すること。

「完璧に吹かなきゃ」という呪縛を少し解いて、「この音で、あいつを驚かせてやろう」という茶目っ気を持てたとき、私の楽器からも、あのロックのような熱い風が吹き抜けるのかもしれません。

今日の教訓
「美しくあれ」と願う心に、少しの「野性」を。

お行儀よく座っているだけが音楽じゃない。 次回の本番では、心の中でこっそりレザージャケットを羽織って、観客の心に「爆音」を届けてやろうと企んでいます。