【電源のいらない共鳴スピーカーと、おむつを卒業した小さな足跡】
【あの日からの地続き】
朝の玄関で「秘密やで」とささやき合った子どもの柔らかい耳の感触と、「人が嫌がることをやるから感謝されるんや」と泥臭く語りかけた昨日の余韻。誰かの「ありがとう」を集める現場を全力で駆け抜けた昨日の興奮を胸に抱いたまま迎えた朝は、酷暑の強い日差しと、胸がキュッとなるような愛おしい家族の成長の知らせから始まりました。
【日常の輪郭】
「パパ、おむつ取れたんだ!」 夕方、仕事から我が家へ戻るなり、子どもが誇らしげに胸を張って駆け寄ってきました。 「えっ、ほんまに!? すごいやんか!」 小さな身体を抱き上げ、一緒に跳ね回るようにして喜び合ったあの瞬間。昨日までできなかったことが、今日できるようになる。そんな小さな足跡を間近で見届けることができる幸せが、酷暑の現場作業でカサカサに乾いていた私の心に、じんわりと潤いを与えてくれました。
猛暑のなかで急遽飛び込んできた水道の復旧工事や見積もり対応に追われながらも、私の心の中ではひとつの固い決意が固まっていました。 「今年のお盆は、絶対に仕事を全部止めて、完全に休むんや。自分たちのための時間をちゃんと守り抜くぞ」
そんな決意を後押しするように、自宅のリビングでは先日導入した立体造形機(3Dプリンター)が、低く静かなファンの音を立てて稼働していました。 今日挑戦していたのは、愛するトロンボーンに取り付ける専用のスマートフォンホルダーと、木目調のプラスチックで削り出す「エコ共鳴スピーカー」。電源もコードも使わず、ただスマートフォンを上に挿し込むだけで、空洞の中で音が柔らかく響き渡る小さな仕掛けです。 「完成したら、事務所の隅に『現物限り・1000円』って書いて置いておこうか」なんて少年のように夢想していると、横から家族の冷ややかな、けれど温かいツッコミが飛んできました。 「どうせパパ、作業をするわけでもなく、ただ機械が動いてるのをじーっと眺めてるだけでしょ?」 「……確かに」 言い返せずに思わず笑ってしまう、そんな何でもないリビングの会話の温度が、たまらなく愛おしく感じられました。
夕方、子どもたちを車に乗せてピアノ教室へ送迎する道中、コンビニで買い与えるお菓子の量が少し多すぎたかなと反省しつつ、遠くのテーマパークへ行った思い出や将来の孫との関係について、おどけながら語りかけていました。 「若い子にずっと遊んでもらうにはな、大人の方が太っ腹に景気よく楽しませてあげるしかないんよ」
夜、静まり返った部屋で楽器のケースを開け、来月に控えた大きなコンクールに向けた音の重なり(ユニゾン)の精度や、楽団の組織運営について深く思いを巡らせていました。
思考の波をひとつずつ乗り越えていくたび、私はいつものように自分のフルネームを、まるで散らかった感情をピシッと整える句読点のように、心の中で静かに唱えていました。
現場の段取りを冷徹に裁き、お盆の完全休業を宣言している、意思の固い代表。けれど同時に、子どものおむつ卒業に飛び上がって喜び、機械の前でぼーっと佇んで家族に苦笑されている、ただの愛おしい父親。 その口癖は、どれほど多忙な日々のなかであっても、私という人間の温かい芯へといつでも戻ってくるための、確かな心のアンカーでした。
【その瞬間のきらめき】
未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの日どれほど炎天下の現場仕事が厳しかったかとか、コンクールの手配の焦りなんて、きっと雲の彼方に消え去っているはずです。 覚えているのはきっと、「おむつ取れたよ」と輝く目で報告してくれた子の小さな誇らしさと、機械が動くのをただ眺めている自分を家族がクスッと笑ってくれた、あのリビングの温かい空気感だけです。仕事に追いかけられる毎日だからこそ、休むときはきっぱりと休む。目の前の愛おしい家族の成長をひとつも見逃さずに面白がることこそが、人生という物語を最高に色鮮やかに彩るのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
ピアノの優しい旋律の余韻を胸に、静かな寝息を立てる子どもたちの部屋のドアをそっと閉め、夜のリビングで明日のささやかな段取りを整えています。 来週のお盆休みに向けた家族の帰省スケジュールをカチッと揃え、書類のやり取りをスマートにする電子契約の導入についてノートにメモを書き留めました。
削り出したばかりの小さな共鳴スピーカーから流れる、柔らかい音の残響を感じながら進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
