昨日は、「どうすればみんなが自走できる仕組みを作れるか」という、経営者としての重い「大人の宿題」についてお話ししました。常に頭をフル回転させ、リスクと成果の狭間で戦う日々。

しかし、そんな「無敵のリーダー」を気取っていても、抗えないのが体の悲鳴です。昨夜から私を襲ったのは、39度の高熱という強制終了(シャットダウン)。

「休んでいる場合じゃないのに」「あれもこれも進めなきゃいけないのに」 そんな休息への罪悪感に苛まれるとき、私たちはどう心を整えればいいのでしょうか。今日は、病み上がりの重い体で過ごした1日から見つけた、「動けないからこそ見える、豊かさの拾い方」をお届けします。

「成果」を手放した先に見えた、平成と令和の交差点。


今朝、熱はようやく下がったものの、節々の痛みは「今日はもう無理をするな」という体からの最後通牒のようでした。毎年恒例の地域の清掃活動も、今日ばかりは苦渋の決断でお休み。

布団の中でうなりながら、私はふと、普段なら「非効率」だと切り捨ててしまうような時間に身を投じてみました。 1980年代の伝説的な将棋の対局動画を眺め、人気ゲームの歴史に没頭し、最近の物価高騰(エッグショック)の背景を深掘りする。

一見、仕事の成果には1円も結びつかない時間。しかし、かつての棋士が見せた「どっしりと構える余裕」や、物価の裏にある複雑な社会構造を紐解くうちに、私の脳は不思議な充足感に包まれていきました。「何もしないこと」への恐怖が、「知る喜び」へと書き換わった瞬間です。

午後は、少しだけ体に鞭を打って、家族で妻が出演する音楽会へ。 客席で子供たちが、ステージ上のママを見つけて「ママ!ママ!」と一生懸命に呼びかける姿。 「私は平成生まれでしょ?」「こっちは令和!」なんて、自分たちが生きた時代を誇らしげに語り合う姉妹の会話。

普段、現場の段取りや数字に追われている時には聞き流してしまうような小さな声が、今日はやけに鮮明に、温かく響きました。 夕食に囲んだ、うなぎとお寿司。熱で味覚が鈍っていても、「みんなで食べる」という行為そのものが、どんな特効薬よりも私を回復させてくれるのを感じたのです。

「動けない日」の罪悪感を消し、エネルギーを充電する3つの知恵


バリバリ働く人が体調を崩したとき、明日から試してほしい「心の切り替え方」です。

「知的休息」で脳の飢えを凌ぐ 仕事のことが頭を離れないなら、あえて「全く関係のない分野の深掘り」をしましょう。歴史、科学、あるいはゲームの考察。仕事の生産性からは遠い「知の探求」は、罪悪感なく脳をリラックスさせ、回復後の新しいアイデアの種になります。

「低燃費なコミュニケーション」に徹する 体が動かないときは、どこかへ連れて行く必要はありません。今日私が子供たちと約束したように、「短時間で完結するボードゲーム」などを活用しましょう。座ったままでも、子供にとっては「パパが自分と真剣に向き合ってくれた」という、一生ものの思い出になります。

「成果」の単位を「自分の行動」から「家族の笑顔」に変える 自分が何かを成し遂げられない日は、周りを観察する日にしましょう。妻の晴れ舞台を応援する、子供のたわいもない話に相槌を打つ。「自分が動かないことで生まれる、周りへの注目」。それもまた、リーダーとしての立派な仕事(貢献)です。

「ゴブレットゴブラーズ」の到着を待つ、穏やかな夜。


一日の終わり、今日届く予定の新しいボードゲームを、娘が「パパとあれやるの、楽しみ!」と目を輝かせて待っています。 昨日の私なら「早く寝なさい」と言っていたかもしれませんが、今日の私は「届くのが待ち遠しいね」と、そのワクワクに寄り添うことができました。

「人生は、壮大な暇つぶし。」 体調不良というハプニングさえも、その暇つぶしを彩る、少し苦いけれど味わい深いスパイスなのかもしれません。

さて、明日は届いたゲームで、娘と真剣勝負です。記憶力が鍵になるゲームだそうですが、病み上がりの脳で勝てるかどうか。

皆さんの明日が、たとえ万全でなくても、目の前の小さな幸せにピントを合わせられる一日になりますように。

それでは、また明日!