【夜通し走る魔法の糸と、世界を笑顔にする小さなスピーチ】
【あの日からの地続き】
次女の微熱もすっかり引き、ガチャガチャのコインを宝物のように握りしめていた幼い手のひらの温もりがまだポケットに残る朝。日常を少しだけ静かに調律した私の元へ、未来の可能性をぎっしり詰め込んだ巨大な箱が届きました。
【日常の輪郭】
午前中、私は机に向かい、締め切りが迫っている大切な国家資格の更新書類を整理していました。郵便局へ行く段取りを頭の中で組み立てながら、ふと、学校から戻ってきた長女の面談の様子に意識が移ります。 学校の先生が、嬉しそうに教えてくれた長女の言葉。学級のリーダーを決める立候補のスピーチで、彼女はまっすぐな目でこう言い放ったそうです。 「私がリーダーになっても、ならなくても、クラスのみんなを笑顔にしたいです」 その健気で誇らしい決意を耳にした瞬間、私の胸の奥は、どんなに大きなビジネスの契約を勝ち取ったときよりも深く、温かい温度で満たされていきました。私の背中を見て育った我が子が、いつの間にか私よりもずっと大きくて優しい世界を見つめている。親としてこれ以上の贅沢はありません。
午後からは、リビングが最新の「創造力の実験室」へと姿を変えました。 信頼する技術屋の友人を我が家に招き、届いたばかりの立体造形機(3Dプリンター)のセットアップを始めました。配線を繋ぎ、高スペックのパソコンを起動させる。その新しい挑戦の入り口に立ったとき、私はいつものように自分のフルネームを、まるで散らかった思考を一箇所にカチッと集めるための精神的なスイッチのように、口の中で静かに呟いていました。
「よし、このゲーム用のパソコンは、今日から設計ソフトの専用機に切り替えよう」
傍から見れば不思議な独り言かもしれない。けれど、未知の技術に挑み、自分のなかの少年の心を目覚めさせるための、それは私だけの大切なマントラ(呪文)でした。
ノズルが熱を持ち、細いプラスチックの糸が熱で溶け出す独特の匂い。ファンの静かな風の音が響くなかで、私たちはこれからのものづくりの未来について熱く語り合いました。 「100円ショップで買えるようなありふれたものを作るんじゃない。特定の誰かが、特定の場面で心底困っているような、ニッチな隙間を埋める専用のスタンドやホルダーを作る。そこにこそ、数千円の価値が生まれるんや」 いずれ会社に十分な実力が蓄えられたら、会社を売却して静かに自由の身になるという長期的な人生の出口戦略。インフルエンサーの派手な宣伝文句に頼らずとも、ただ製品のアイデアと品質だけで勝負できるプロダクトアウトの自信。友人の言葉は、私の経営者としての血を心地よくたぎらせてくれました。
夜、記念すべき最初の試作品として完成した、小さな「働く重機(ユンボ)」の模型を子どもたちに見せました。 「うわあ!すごい!パパ、これ本当に作ったん!?」 目をキラキラ輝かせる子どもたちの姿を見つめながら、私は少しおどけた調子で笑いかけました。 「どうや。うちの家は、お絵描きもできて、こんなおもちゃも自分で作れてしまう。もう大金持ちやな」 「やったー!これからはこの機械に全部任せて、私たちは先に寝とく!」 次々に「次はこれを作って!」と可愛いリクエストの嵐を降らせ、夢の世界へと旅立っていった子どもたち。夜の静寂のなか、暗闇に青い光を放ちながら、機械は夜通し次の魔法の糸を紡ぎ始めていました。
【その瞬間のきらめき】
未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの立体造形機の初期設定にどれだけ手こずったかとか、資格の更新期限にどれほど追われていたのかなんて、きっと何一つ覚えていないでしょう。 覚えているのはきっと、長女のスピーチを褒められた時の誇らしい胸の痛みと、完成したプラスチックの小さなおもちゃを囲んで大はしゃぎした、夜のリビングの眩しい光だけです。「みんなを笑顔にしたい」という娘の真っ直ぐな言葉が、まさに我が家のリビングで形になっている。誰かの名前を借りて飾るのではなく、自分たちのアイデアと手仕事だけで、目の前の家族を最高の笑顔にしてみせる。その泥臭くて愛おしい創造力のなかにこそ、人生の本当の豊かさがあるのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
リビングの隅で、小さな冷却ファンの音が心地よい規則正しさで響いています。 頭の中はすでに、試作中の特製コーヒーゼリーのカップをはめ込むための、重機型のユニークなホルダーや、子どもたちが自分で組み立てて遊べるプラモデルの設計図で溢れかえっています。「やるなら、まさに今がその時やな」と、胸の鼓動が高鳴るのを感じています。
明日の朝一番には、郵便局へ足を運んで大切な技術資格の更新手続きを確実に終わらせ、いつもの現場の段取りを力強く差配する現実の朝がやってきますが、今の私の足元は少しもぶれていません。
夜通し走り続ける魔法のノズルの音を子守唄代わりに進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
