【高架下に消えた静寂と、大人の本気が焼くホットドッグ】
【あの日からの地続き】
車内で次女にあっさり断られた愛おしい駆け引きの余韻と、地元の先生からいただいた真っ赤なトマトの瑞々しい甘み。そんな温かな日常の匂いを残したまま迎えた朝、私はまたしても少年のように目を輝かせ、新しい企みの設計図を広げていました。
【日常の輪郭】
「強みがないなら、大人の本気と遊び心で突き抜ければええんや」
朝一番、仲間たちと囲んだ机の上で、秋に控えた母校の学校行事に出店する移動販売の作戦会議が白熱していました。あえてあれこれ手を出さず、香ばしく焼き上げるホットドッグ一点に魂を込める戦略。冷たいかき氷には、子どもたちが飛びつくような遊び心あふれる仕掛けを施し、時には自前の着ぐるみを頭からすっぽり被って、大真面目に客寄せの看板役を買って出ようかという悪だくみ。生業としていないからこそ出せる「大人の全力のふざけ方」に、胸の奥が熱く躍っていました。
日中は一転、本業の現場をいくつも巡り、受話器越しにまとまった金額の仕事をスマートにまとめ上げながら、道路の安全標識を設置する打診へと車を走らせていました。
しかしその直後、午後の乾いた光の中で、私の目の前の世界が一瞬にして静止しました。
けたたましいブレーキ音とともに、目の前の高架下で起きた衝撃的な交通事故。一瞬の静寂ののち、私は即座に車を路肩に寄せ、手慣れた動作で通報ボタンを押していました。 「事故です。車と人です。高架下に救急車が必要です」 動転する周囲をよそに、自分の口から出た声が驚くほど冷静で、的確に現場の状況を伝えていることに、自分自身でどこか客観的に驚いていました。人の命の脆さと、日常が一瞬で切り替わる危うさ。救急車のサイレンが遠ざかったあとの高架下には、形容しがたい静寂が残されていました。
夕暮れ時、無事に仕事を終えてハンドルを握りながら流していたラジオから、ある老紳士の静かな人生の物語が聞こえてきました。 「節約の第一歩は、自分の体力を減らさないことだ。本当に必要な献立を先に決めてから買い出しに行き、今の自分を大切に扱うこと。それこそが、数字には表れない本当の豊かさなんだよ」
その温かい言葉が、事故のショックで張り詰めていた私の心に、すーっと染み渡っていきました。
一瞬の事故に肝を冷やし、老人の哲学に耳を傾け、子どもみたいに着ぐるみを着て笑おうとしている泥臭い男。けれど、目の前の惨状から逃げずに命を繋ぎ、自分の大切な足元を確かめながら生きている、等身大の自分がそこにいました。
【その瞬間のきらめき】
未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、電話一本でまとめた仕事の金額なんて、きっと記憶の片隅にも残っていないはずです。 覚えているのはきっと、高架下で呼吸を整えながら通報したあの緊迫した数分間と、秋の行事で子どもたちを笑わせようと企んでいた朝のワクワク感だけです。豊かさとは、お金を貯め込むことでも、無駄に体を擦り減らすことでもない。事故の危機を一瞬で突っぱねる冷静さを持ちながら、自分の体と大切な時間を丁寧に扱い、日常の小さなおふざけに全力を注ぐこと。それこそが人生を愛おしむ最高の術なのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
静まり返った我が家へと戻り、今日一日を無事に終えられた奇跡に深く感謝しながら、リビングの明かりを落とします。
明日の朝一番には、地元の小学校近くの農道で、担当者と落ち合って安全標識(デリネーター)を立てる現場打ち合わせが待っています。文化祭で一緒に店を回してくれる若いスタッフへの連絡もきっちりと済ませ、また一つ新しい現場の準備を進めるつもりです。
今の自分を大切に扱いながら進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
