【三足のわらじ日記】現場監督がキッチンカーを回し、アンサンブルで魂を削る。人生の「管理者」として生きるための生存戦略。
皆さんは、一日のうちに何度「自分の顔」を付け替えていますか?
私の毎日は、泥にまみれる「現場人」、売上と効率を追う「事業家」、そして娘のマイクラに付き合う「パパ」。この三つの仮面を瞬時に切り替える、まるで格闘技のような日々です。
今日は、難攻不落の現場調査から、熱すぎる深夜の音楽練習、そして不意に届いた「命の知らせ」まで。感情のメーターが振り切れた一日の記録をお届けします。
「難攻不落」の境界線と、私の管理哲学
朝一番、私は若手スタッフのK君と共に、とある土地の現場調査に立っていました。 そこは、複雑な人間関係と地形が絡み合う、いわば「見積もりの最前線」。擁壁工事の測量を進めながら、私の頭を占領していたのは「いかにしてリスクを数字に落とし込むか」という冷徹な計算でした。
この時、私の脳内を流れていたのは、最近よく仲間に語っている「管理哲学」です。
「自分が動くことを前提にしたら、仕組みは必ず歪む。」
プレイヤーとして優秀であることと、管理者として全体を最適化することは別物。 「自分が頑張ればいい」という甘えを捨て、誰がやっても機能するシステムをどう構築するか。泥まみれの測量を行いながら、私の心は冷徹なマネージャーとして、次なる一手を模索していました。
「神出鬼没」が価値を生む:キッチンカーのゲリラ戦略
午後は一転して、夢が詰まった「キッチンカー事業」の作戦会議。 今、私が仕掛けているのは「知っている人の場所を点々と売り歩く」というゲリラ戦法です。
「いつも同じ場所にいる」安心感もいいけれど、「今日はどこに現れるかわからない」という希少性こそが、SNS時代の武器になる。 明日の出店場所を地図で告知し、新メニューの「揚げどら」や「カリカリポテト」で客単価をどう上げるか……。
売上目標は1日10万円。 遊びのように見えて、これは真剣なビジネスの実験場です。手伝ってくれるスタッフへの「ポチ袋」を準備しながら、私はプロデューサーとしての高揚感を感じていました。
命の音色と、「這ってでも来い」という愛
夜、スマホに届いた一通のメッセージが、私の足を止めました。 しばらく連絡が途絶えていた音楽仲間のCさんからでした。
昨年末、彼女は突然の病に倒れ、生死の境をさまよっていたというのです。手術は成功したものの、大切にしていた楽器を持つ右手に、少しだけ麻痺が残ったと。 「またみんなと演奏したい」 画面越しに伝わってくる彼女の震えるような決意。
私は、あえて優しすぎる言葉ではなく、音楽仲間としての「全力の激励」を返しました。 「リハビリなんて通過点だ。這ってでも練習に来い。席を空けて待ってるぞ」と。
人生は、いつ何が起こるかわからない。 だからこそ、今出せる最高の音を響かせなければならない。 その後のアンサンブル練習では、いつになく熱が入り、楽曲の解釈を巡って仲間と深夜まで激論を交わしました。
結び:「レック」の終わりを待つ小さな背中
深夜、ヘトヘトになって帰宅すると、そこにはまだ起きている娘の姿が。 私が今日一日の記録をAIに入力している(彼女はこれを「パパのレック(録音)」と呼びます)のを、じっと待っていたようです。
「パパ、レック終わったら、一緒にマイクラ(ゲーム)しない?」
ビジネスの仕組みも、アンサンブルの調和も、すべてはこの小さな約束を守るためにあるのかもしれない。 「よし、やろう!」とコントローラーを握る時、私のライフゲージは不思議とフルチャージされます。
管理職として冷静に状況を俯瞰し、表現者として情熱を燃やし、親として全力で遊ぶ。 この「わらじ」の数こそが、私の人生を豊かにする重みなのかもしれません。
皆さんも、自分の中の「複数の顔」を、楽しんで使い分けてみませんか?
