【「秘密やで」と笑った朝と、誰かの「ありがとう」を重ねる現場】
【あの日からの地続き】
リビングの温かい空気をつーっと滑空した小さなプラスチックの飛行機と、「将来は吹奏楽部に入りたいんよ」とはにかんだ長女の眩しい瞳。あの愛おしい夕暮れの余韻を胸に抱いて迎えた朝は、どこか澄み切った新しい風とともに静かに始まりました。
【日常の輪郭】
出かける前の慌ただしい玄関先で、私の何気ない呟きを聞きつけた子どもが、首をかしげて尋ねてきました。 「パパ、今なんて言ったん?」 私はしゃがみ込み、娘の小さな耳元で悪戯っぽく whisper(ささや)きました。 「……秘密やで」 そう言ってニッと笑い合う、朝の数秒間のやり取り。その無邪気で温かい体温が、今日という一日を力強く走り抜くための、私にとっての最高のエネルギードリンクでした。
日中は、近所の特別支援学校の舗装工事に向けた、シビアで迅速な段取りに追われていました。資材の値上がりが続く中で、現場の安全と出来栄えを損なわずにどう予算を収めるか。厚みをほんのわずかに調整する最適な提案を先方に投げかけ、大型重機やローラーの配置を頭の中でテキパキと組み立てていく。地元の工場から頼まれていた設備の補修見積もりも、手際よく指示を出して即座にカチッと書類へ落とし込みました。
けれど、私の心が一番熱く躍っていたのは、そんな仕事の合間、悩みを抱えた友人に熱く語りかけた「人生の教訓」の時間でした。 「いいか、貯金と保険と投資は全部別物や。これを混ぜたら危険なんよ。堅実に未来に備えたいなら、余計な欲を出さずに一番確かなものだけを選ぶんや」 お茶の湯気の向こうで真剣に耳を傾ける友人を見つめながら、私は自分の泥臭いビジネスの根本にある哲学を重ね合わせていました。 「人が嫌がる面倒なこと、汚いこと、誰もやりたがらないインフラの手入れ……そういうものを進んで引き受けるからこそ、相手から本気の『ありがとう』が生まれて、そこにお金という対価が発生するんよ。ビジネスの本質なんて、本当はそれだけのことなんや」
理屈の通らない揉め事には一切深入りせず、泥を被る覚悟を持ちながらも、賢く自分の領域を守る。
思考の波をひとつずつ乗り越えていくたび、私はいつものように自分の名前を、まるで散らかった感情をピシッと整える句読点のように、心の中で静かに唱えていました。
不条理な組織のトラブルを適度な距離感で見守り、現場のミリ単位の段取りを冷徹に裁いている代表。けれど同時に、朝の玄関で「秘密やで」と子どもと顔を見合わせ、友人の未来を本気で心配している、ただの温かい男。 その口癖は、どれだけ多忙な役割に追われようとも、自分という人間のブレない芯へと戻ってくるための、確かな心のアンカーでした。
【その瞬間のきらめき】
未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの日どれほど舗装の厚みの計算に頭を悩ませていたかとか、同窓会の連絡漏れの手配がどうなったのかなんて、きっとひとつの数字すら思い出せないはずです。 覚えているのはきっと、朝の玄関で「秘密やで」と囁いたときの娘の柔らかい手の感触と、友人に「人が嫌がることをやるから感謝されるんや」と熱弁を振るった、あの胸の奥の誇らしさだけです。他人が避ける苦労を代わりに背負い、誰かの「ありがとう」を集めて生きること。泥臭くても、それこそが自分という人間の存在証明であり、人生を最高に色鮮やかに彩る真理なのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
静まり返った夜のリビングで、明日の朝一番の現場に向けた最終確認をノートに書き留めています。近所の特別支援学校の型枠の手配を整え、重機たちの点検をカチッと済ませて。
明日は朝から、ユンボやローラーの力強いエンジン音とともに、誰かの安全な道を自分たちの手で綺麗に平らへとならし直す、泥臭くも誇らしい現場が待っています。
誰かの「ありがとう」を胸に抱いて進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
