【ダブル歯抜けの笑顔と、夢が広がりんぐ小さな王国の形】
【あの日からの地続き】
十三時間もの旅路を経て完成した小さな三色のフィギュア。その健気で愛おしいカタチを手のひらに載せ、「プライドを捨てたら心に静かなゆとりができるんや」と仲間に語りかけたあの夜の余韻を抱えたまま、我が家にはまた新しい、ワクワクするような風が吹き込んできました。
【日常の輪郭】
朝、リビングに飛び込んできた次女の顔を見て、私は思わず吹き出してしまいました。先日抜けたばかりの隣の歯が、また一本、ポロリと抜け落ちていたのです。 「うわっ、すごいな! ハヌケがダブルハヌケになったぞ!」 口元をすこし照れくさそうにすぼめながら、誇らしげにニッと笑ってみせる娘の愛おしい表情。何時間机に向かわせるような頭でっかちなお勉強よりも、こうして日常の凹凸に触れ、自分の頭で「どうやってこのお小遣いで勝つか」を夢中で考えるような実体験のなかにこそ、生きた思考力が宿るのだと、娘の無邪気な笑顔を見つめながら感じていました。
日中、さっぱりと頭を散髪で整え、お役所への書類の提出という現実的なタスクを軽やかに片付けていた私の元へ、待望の「新兵器」が届きました。 大きな箱から取り出したのは、立体をそのままデジタルデータとして読み込む最新の三次元スキャナー。高スペックなパソコンにソフトウェアを読み込ませ、画面に無事「接続完了」の日本語が表示された瞬間、私は大きく胸を撫で下ろしていました。 「あぁ、良かった……。頑張ってええパソコンを買っておいて、ほんまに正解やったな」
ノズルから溶け出すプラスチックの甘い匂いに包まれながら、私の頭の中では、新しい創作のアイデアが爆発するように次々と弾けていました。 「これでまたひとつ、夢が広がりんぐやろ」 大手企業が大量生産で価格を競い合うような『王者のやり方』なんて、私たちにはこれっぽっちも必要ない。誰もが見向きもしないようなニッチでマニアックな世界でいい。「こんなもん、一体誰が買うんだ」と呆れられるようなものを、世界でたった一人、狂熱的に愛してくれる人に最高の手仕事で届ける『小型のやり方』こそが、私の進むべき真の道なのだと、胸の奥が熱くなりました。
名物のホットドッグを買ってくれた女子高生たちが、その場で髪に付けて街を歩いてくれるような可愛いアクセサリー。子どもたちが夢中になる小さな綿棒のボーガン。あるいは、現場で働くプロしか喜ばないような建設機械のリアルなミニチュア。
けれど、そんな風に未来の夢に胸を躍らせる一方で、カレンダーに並ぶ週末の出店イベントの文字を目にした途端、私は深い溜め息を漏らしていました。 「はぁ……ほんまに勘弁してくれよって思うくらい、やりたくないんやけどな……」 憂鬱で、不器用で、けれど投げ出すわけにはいかない大人の責任感。
複雑に交錯する熱量と憂鬱の狭間で、私はいつものように自分のフルネームを、まるで思考の乱れをカチッと整える句読点のように、口の中で静かに唱えていました。
役所の書類をカチッと揃え、ニッチなビジネスの野心を燃やすせっかちな代表。けれど同時に、娘のダブルの歯抜けに大喜びし、休日の出店に「やりたくないなぁ」と愚痴をこぼしている、泥臭いただの男。 その口癖は、どれほど頭の中が未来のアイデアでパンクしそうになっても、今の等身大の自分にピシッと重心を戻してくれる、確かな心のアンカーでした。
【その瞬間のきらめき】
未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの日にどれほどイベントの手配に頭を抱えていたかとか、お盆前の工事日程の調整がどうなったのかなんて、きっと一つの数字の破片すら思い出せないはずです。 覚えているのはきっと、歯の抜けた口元を見せてニッと笑った娘のあの愛おしい顔と、パソコンの画面に新しいソフトが立ち上がった瞬間の、あの少年のごとき高揚感だけです。「みんなに好かれよう」として王者の真似事をする必要なんてどこにもない。自分だけの小さな王国で、誰か一人を心の底から笑顔にできれば、それで人生は100点満点なのだと。憂鬱な日曜日の仕事すらも、自分の足元を確かめるための愛おしいプロセスなのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。
【明日へのあしあと】
静かになった夜のリビングで、机の上に鎮座した新しいスキャナーの光沢を撫でながら、明日の小さな段取りを整えています。 お盆休みの工事日程について、協力会社の担当者とスムーズに話を進めるためのスケジュール帳をカチッと開き、保留になっていた地域の連絡先へ一本の電話を入れるメモを書き留めました。
明日の朝一番には、この新しい相棒(スキャナー)の使い方を一つひとつ手探りで紐解きながら、まだ誰も見たことのない小さな試作品を画面の中に描く、ワクワクするような挑戦が待っています。
自分だけのニッチな夢を胸に抱いて進む明日は、きっといい日になりそうだ。
それでは、また明日。
