【あの日からの地続き】

車のダッシュボードの上に並んだ小さなキャンディの包み紙と、「あ、宿題めちゃくちゃ残っとった!」と頭を抱えた長女の愛おしい夕暮れ。あの温かい我が家の笑い声を胸に抱いて迎えた朝は、昨日までの手続きのバタバタから一転、未来の可能性に胸を躍らせる新しい実験の一日から始まりました。

3. 【日常の輪郭】

我が家の小さな「創造力の実験室」で、昨日導入したばかりの立体造形機(3Dプリンター)が、低く静かなファンの音を響かせていました。 単色なら四時間で出来上がる小さな模型も、今日は赤、黄、茶の三色の素材をカチッカチッと自動で切り替えながら、実に十三時間もの途方もない時間をかけて、ゆっくりとカタチを紡ぎ出しています。

ひとつのノズルが繊細に素材を差し替えながら積み上げていく健気な構造を眺め、「ヘッドを軽やかに動かすために、あえてモーターを増やさず一個のノズルで交換させるんか。なるほど、頭のええ設計やな」と、大人の男としての好奇心が静かに疼いていました。これから仕掛ける移動販売で、名物のホットドッグとドリンクをセットで買ってくれた子どもたちに「はい、おまけ!」と手渡すための、小さな三色フィギュア。そんなくだらなくも愛おしいおもちゃが暗闇の中で形作られていく様子は、見ているだけで少年のようにワクワクさせてくれます。

日中は、本業の現場を滑らかに回すための裏方仕事にも奔走しました。大手舗装メーカーと地元の協力会社との間で、資材の仕様や価格を巡る複雑な伝達を電話一本でスマートに仲介し、週末のイベントに向けた食材(パンやウインナー、ケチャップ)を業務用の仕入れサイトでカチッと手配する。事務所の複合機で受け取る書類を紙に出さず直接パソコンに取り込む方法を、画面の向こうの対話型AIに尋ねて一瞬で解決したときも、「分からんことは AIに聞けば、大体それっぽい答えを返してくれる。時代は変わったなぁ」と苦笑いしつつ、新しい文明の利器を軽やかに使いこなしていました。

「勉強してからやろう、なんて言うとる人間は、結局一生やらんのよ。やりながら、痛い目を見ながら勉強するんや」 移動の車中、新しい挑戦を躊躇する仲間に向け、私は熱を込めて持論を語っていました。 「頭のええ奴は失敗を恐れて動かんから、どこにも辿り着けん。最後まで辿り着くのは、何も考えずに飛び込む天才かバカだけや」 株の投資も、ものづくりも、人生のすべては「まず動くこと」から始まる。失敗の痛みすらも成長の糧にしてきた自分の泥臭い歩みが、その言葉には宿っていました。

夜、いつもの仲間と囲む静かな時間の中で、話題はとてもデリケートな身体の悩みに及びました。 野外の現場でトイレが見つからなかったらどうしようという、相手の深い不安と羞恥心。その言葉の裏にある切実な苦痛を察した私は、自分の経験を交えながら、優しく、そして誇り高く語りかけました。 「ええか、プライドなんてちっぽけなもん、さっさと捨ててしもうたらええんよ。大人のためのおむつを履いてごらん。それだけでな、『もしも』の恐怖から解放されて、心に驚くほどの静かなゆとりが生まれるんやから」 それは単なるアドバイスではなく、相手の尊厳を傷つけずに、心の平穏を取り戻してやるための、私なりの最大限の優しさと共感の差し出し方でした。

思考の深い波を越えていくたび、私はいつものように自分のフルネームを、まるで散らかった感情をピシッと整える句読点のように、口の中で静かに唱えていました。

現場の複雑な調整を冷徹に裁き、「天才かバカか」と泥臭い行動論を熱弁している経営者。けれど同時に、十三時間かかるおもちゃの完成を待ち望み、仲間の小さな悩みに「プライドを捨てろ」と寄り添っている、ただの男。 その口癖は、どんなに多面的な役割を演じ分けた一日であっても、自分という人間の温かい芯を見失わないための、確かな心のアンカーでした。

【その瞬間のきらめき】

未来の私が人生の終盤にこのページをめくるとき、あの日にどれほどの資材の調整に追われていたかとか、ダンプカーの支払いがどうだったのかなんて、きっと一つの数字の破片すら思い出せないはずです。 覚えているのはきっと、暗闇でゆっくりと三色のカタチを紡いでいた機械の青い光と、「プライドを捨てたら心にゆとりができるよ」と仲間に語りかけた、あの夜の静かな部屋の空気だけです。「頭で考えすぎて動けない賢者」になるくらいなら、傷つきながらでも真っ直ぐに突き進む「愚者」でありたい。つまらないプライドや失敗への恐れを脱ぎ捨てた先にこそ、人間としての本当の優しさと、自由な表現が待っているのだと、あの日の私が静かに教えてくれています。

【明日へのあしあと】

リビングの隅で、十三時間の旅路を歩み続ける立体造形機の静かなファンが、夜の静寂を優しく包み込んでいます。 頭の中はすでに、精密な三次元スキャナーを手に入れて、希少価値のある建設機械のミニカーを複製してみようかという、次の新しいビジネスの企みでいっぱいです。

明日の朝一番には、週末のイベントで使う食材の配送状況をカチッと確認し、仲介した取引先同士が無事に電話で繋がったかをそっとフォローする裏方の任務が待っていますが、今の私の足元は少しもぶれていません。

失敗を恐れず、まず一歩を踏み出す勇気を胸に抱いて進む明日は、きっといい日になりそうだ。

それでは、また明日。